法律を追求する研究家としての弁護士

ドラマや小説などから、困った者の味方的印象を弁護士像とするのは至極当然でしょう。そのような弁護士は心強く頼もしいものです。しかし一方で、子供の法律問題を任せられるここ大阪の弁護士ならテレビで活躍する弁護士であったり、弁護士から政治家に転身する方も数多く、その個性は様々です。その辺のどこにでもいそうなおじさんおばさんであったり、若者像がそこにあります。彼らをよくよく観察してみると中々に面白いものです。一つの条項に対する考え方や、捉え方はまちまちで、良くも悪くも人間味を感じるのです。芯が強いのか融通が利かないのか分からなくなる時すらあります。しかし彼ら言動を注視してみると、概ね彼らなりの筋があるのです。この法律の解釈はこうであるから、このように思う、と各々が口にし、それに対してまた別の弁護士はその法律の解釈は違う、など反論し合うのを見ると、彼らがどれほど法律について勉強したのかが垣間見えます。一つの法律について深く見つめ、彼らなりの答えを見つけたからこそのやり取りではないでしょうか。そこから考えるに、弁護士の多くはある物事を深く追求する研究家気質を持っている人々とも言えるのでしょう。弁護士を研究家気質を如何なく発揮し、どのように法律の知識を活かし人々に奉仕していくかを考える人々、と捉えるのであれば、タレントやコメンテーター、政治家転身も頷けるものです。

高価なものを壊してしまった際の弁償費用の相談ができる

弁護士のイメージとしては何か高価なものを破壊して損壊させてしまった際、その弁償にかかる費用を相談できるというイメージがあり、実際、大阪でその交通事故の相談を悩み相談として利用したことがあります。これは、高級車の弁償費用の件で相談をしたことがありまして、相手側の態度が高圧的、かつどう考えても弁償費用が高いということで相談をさせていただき解決したことがあります。この弁償費用ですが、実は車などの場合弁償に充てられる費用というものが決まっています。私の場合、車を傷つけただけですので塗装代金のみの支払いとなり、相手側の不注意で実は相手が原因で起きた事故で私の自転車が当たり傷がついたということがのちに判明したため、支払い義務もなくなりました。このように高価なものを何らかが原因で損壊させてしまった場合、弁護士さんの仕事として弁償費用の計算をしてもらうことができます。もちろんその際に、実はこちら側に過失がなかったことが証明された場合、支払いの義務はなくなり、逆に相手側が悪いんじゃあないか、訴えてやるということも可能になります。ただし、それをして意味があるかどうかも未知数で、相談費用が無料ではない事件の可能性に発展するため訴えた場合、裁判で負ければ裁判費用はこちらも地になりますのでどうするかは自分次第です。